2016年1月19日火曜日

ものの歩 × 「常識」「非常識」という考え方のデメリット

常識に縛られて失敗したこと、ありませんか?

「そんなやり方(考え方)はダメだって。常識的に考えてわからない?」

そう言われて止めてみたら実は考えてたコトが正しかったりするのって、たまにありますよね。

もちろん、「常識」での判断は正しいことも多いのですが。

全てを「常識だから良い」「非常識だからダメ」で判断することには、実はデメリットもあります。

この「常識」が自分の目の前に”壁”となって表れたとき、あなたはどうするでしょうか?

昔、「青色のLEDは開発できないもの」「青色のバラは作れないもの」というのが常識でした。

しかし現在は、ご存知の通り、存在します。

「常識」が壁となったとき、普通の人は諦めてしまいがちで、そこから先を想像しようともしません。

でもそれでは、いつまで経っても壁を超えることはできないのは明白です。

今回はそんなときに参考になる、週刊少年ジャンプ2016年7号掲載、ものの歩 第十七局「拳(こぶし)」のシーンをご紹介したいと思います。



■ ”相性の悪い戦法には勝てない”は常識?
(※ 以下に掲載した画像は紹介作品からの引用で、著作権は作者および出版社にあります) 

現在「ものの歩」では、高校生による将棋の全国大会東京都予選が行われている最中で、17話ではその第2回戦が始まるところです。

本来は3人で出る団体戦に、この漫画の主人公である高良 信歩(たから しのぶ)と、同じ部員である藤川 竜胆(ふじかわ りんどう)は、この2人だけで出場することになります。

3人目がいないことで、1つは不戦敗となるため、必ず2人とも勝たなければならない状況です。

そんな中、「不器用で要領のあまり良くないこと」「その変わり、ひとつのことへの集中力が高いこと」など、自身の特徴を踏まえた上で貰った友人のアドバイスを元に、様々な戦法がある中、信歩は「矢倉」という戦法ひとつに絞り込んで自身をそれに特化し、大会に望みました。

1回戦をその「矢倉」で戦ったことで、信歩が2回戦も「矢倉」でくることを確認した瞬間から、対戦相手は矢倉と相性の良い「振り飛車」という戦法を見せてきました。


本来なら、相性の良くない戦法で来られた場合、それに合わせて戦法を変えるのが普通なのですが。

矢倉しか使わないと決めていた信歩は、迷わずに矢倉で突き進んでいきます。

それを「非常識」と感じつつも、対戦相手は「自分が有利」と考えたため、そのまま対局は進んでいきます。

その結果、信歩の対戦相手は「銀」という駒を一枚分、得をしました。

しかしそれに怯むどころか、自信すら見せ始める信歩。

そしてそれが理解できず、戸惑う対戦相手。

その戸惑いは、駒では間違いなく得をしたはずだったものの、その結果生まれた「6筋」という部分の、妙な”厚み”でした。

「攻めは…終わりですか」

損得では損をしたが、6筋の勢力を奪い取ったことで、状況を五分くらいへと持ち込んだ信歩。

そこから彼は、仲間である藤川と行った「予習」の成果を見せ始めます。

そして戦法の差によって生まれたはずの圧倒的有利は、いつの間にかなくなり、対戦相手の玉がどんどんと追いやられ始めます。

「常識」では、「矢倉 vs. 振り飛車」となった瞬間、普通の対戦なら相手が嫌がって作戦を変えるため、そこで「矢倉 vs. 振り飛車」の戦いは終了してしまいます。

そのため振り飛車側にとっても、実は「矢倉」との対戦というのは、その先は「経験の少ない戦い」でした。

「振り飛車」を使ったことで、自身の”経験不足”に気づかないまま、勝負を自分の土俵へ持ち込んだと思っていた対戦相手。

それに対して、その先も完璧に準備を済ませた信歩。

対戦相手が信歩の矢倉に乗った時点で、対戦相手の負けは決まっていたのでした。



■ 「常識」だけにとらわれ、行動した先の「敗北」。

「矢倉」は「振り飛車」という戦法と相性が悪い。
だから、「矢倉」側は戦法を絶対に変えてくるはず。
と思ってたら、相手は「振り飛車」対策を万全にしていた。
しっかりと準備ができていた信歩が、そのまま押し切って勝利。

という展開でした。

「負ける」と思っている方が勝つ展開、しかも完勝。

特に好きなチームがなければ、弱い方を応援しがちな自分にとっては大好物です(笑)

それはさておき。


「常識」にこだわったことで、その先を考えられなかった人間と、「常識」だけにとらわれずその先を考えて準備(行動)した人間の差が勝敗を分けた、というお話でした。

今回ご紹介したいのは、この

「常識にこだわってしまうと、その先を考えることをやめてしまう」

というデメリットについてです。

実際、「正解」がわかっていると、その先を考える気って失くしちゃいますよね。


「常識」にこだわりすぎるリスクについては、「その他大勢から抜け出す成功法則」(ジョン・C・マクスウェル 著、齋藤 孝 訳・解説、三笠出版)という本がとても参考になります。
(以下、上記書籍より引用)


 二十世紀最大の経済学者ケインズは、「新しいアイデアを展開することは、古いアイデアから脱却することほどむずかしくはない」と主張した。

(中略)

「常識の何が問題かというと、自分では何も考えなくてもいいということだ」と友人のケビン・マイヤーズは言う。

(中略)

 残念なことだが、楽をして人生を送りたいと思う人がほとんどの社会では、苦労して考え、リスクをとってまで成功したいと思う人は多くない。人と同じことを考え、まるで自分で考えたかのようにふるまっている方が簡単だ。
 株式市場の推奨株を考えてみよう。エキスパートが推奨株を発表する頃には、株価はもうピークを過ぎていることがほとんどである。株で儲けるような人は一般大衆が優良銘柄のことを知る頃には、すでに自分の儲けはしっかりと手に入れているものだ。トレンドを追いかけているうちは、実は私たちは何も考えていないのである。

(中略)

 人は常識や通説に安全性を求めている。多くの人がやっているなら正しいことに違いないと考える。では、大多数の人が受け入れていることは、本当に正しいのだろうか。ところが、必ずしもそうとは限らないのである。

(中略)

 通説を支持することと知性を働かせることとは、まったく別のことである。よく数頼みというが、数が多いからといって正しいことにはならない。
 また「常識」がいいことでも、「正しいこと」でもないということが痛々しいまでに明白になることがある。

(中略)

 常識は現状維持を好むものだ。そのときに受け入れられている価値観やアイデアに全幅の信頼をおき、全力でそれにしがみつく。そのため、変化や革新にことごとく抵抗する。

(中略)

 常識からはありきたりな成果しか出すことができない。常識的な考えをひと言で言えばこういうことになる。

 常識的 = 正常 = 平均的

 最高の中の最低であり、最低の中の最高である。いつも常識的な考え方を採用していたのでは、ほどほどの成功しか望めない。結局、最低限のエネルギーでなんとかやっていける程度にしかならない。大きな成果を出したいと思えば、常識とは断固決別しなければならない。
(以上、上記書籍より引用)


それぞれ引用した場所で具体的な例が挙げられているので、興味を持たれた方はこの本を読んでもらえれば、さらに理解が深まると思います。

特に大きな問題は、「常識に頼りすぎると、自分で考えたり努力したりしなくなる」ことだと思います。

漫画の例でも、信歩の対戦相手は、「矢倉という戦法は振り飛車という戦法と相性が悪いから戦えない」という考え方から先を、自分では考えようともしませんでした。

それに対して信歩は、「矢倉」という戦法に選択肢を狭めた結果そうせざるを得なくなったとはいえ、その先を考え、「本当に矢倉は振り飛車に対してどうしようもないのか?」を考える機会を得ました。

その差がしっかりと、結果としてもわかるシーンだと思います。


実際の将棋の世界でも、現在では「常識」とされるようなことが、過去「非常識」とされていたことがあります。

「大局観 自分と闘って負けない心」(羽生善治 著、角川oneテーマ)という本では、昭和初期に行われた対戦で坂田三吉という方が使われた、序盤の「端歩」というものが、当時多くの人を驚かせましたが、現在では、少し順目は違うものの公式戦でも見られ、一つの作戦として認知され、定跡化(体系化)された経緯が紹介されています。


もちろん、「常識で判断すること」はすごく効率の良いことですし、悪いことではありません。

問題は、その常識が「壁」となって表れたとき。

「常識だから」と簡単に諦めてしまったりするのではなく、改めてその「常識」と向き合ってみるのも、案外新たな発見があって楽しめるかもしれませんし。

どちらにしても「壁」を超えたければ、考えて行動するしかありませんよね?

目的を「常識」を理由に諦めそうになったときに、ぜひ思い出してみてくださいね!



記事を最後までお読み頂き、ありがとうございました!!

(※ 掲載した画像は紹介作品からの引用で、著作権は作者および出版社にあります)

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