2015年12月20日日曜日

食戟のソーマ × 正解がひとつしかないっていうつまんない考え方

今回は週刊少年ジャンプ2016年2号掲載、食戟のソーマ 第147話「反撃開始!!」のワンシーンと、様々な種類の正解を見つけるための心理学的な考え方をご紹介したいと思います。



社会に出れば、正解は無い。

…的な言葉。お仕事されている方は、聞いたことがあると思います。

「学校でのテストには正解がある」ことと比較してよく使われる言葉ですが。

仕事では、答えがわからない状況でも、何かしらの回答を出さないとダメで、それが間違っていたら怒られることもしばしば。

実際「じゃあどうすればいいんだよー!!」 …と、思わず大声で叫びたくなることもあります(笑)


今回はそんなときの為のヒントになり得るようなワンシーンと、心理学的な知識をご紹介したいと思います。



「食戟のソーマ」 第147話では、この漫画の主人公である幸平創真が、自身が通う学園の先輩である叡山先輩と料理対決(=食戟)をしているところです。

実はこの勝負、「八百長」ということが見え見えで開始されていて、叡山が必ず勝つように仕組まれている闘いだったのですが。

創真ののらりくらりと相手をかわす言動や挑発的な態度、絶妙な言葉遣いなどで、勝負の行方が、少しおかしな方向へと展開していきました。

本来の展開であれば、創真の料理を食べることも、特に予定には入っていませんでした。

しかし結局、叡山は創真の挑発に乗って料理を食べてしまいます。

また食べた叡山の、創真の料理の美味しさを認めてしまうような反応を見て、審査員3人のうち2人も、食べる予定のなかった創真の料理を口にしてしまいます。


それがどんな料理だったか…はここではほぼ省略し、気になる方は本編を見て頂くとして(笑)


「トマトケチャップを隠し味に使う」というのが、その料理のポイントになっていました。

「お題になっている高級食材に対して、ケチャップという庶民的な調味料を組み合わせる」

…という、本来ならB級グルメを超えるはずもないような組み合わせで調理された創真の料理。

しかしその完成度は、評価に値するものでした。

これは、そうそう思いつくものではない。どうすれば、そんな発想に行き着くのか。

それが理解できない審査員たちに、創真はこう答えます。

「こーゆう時にトマトを加えるって発想…極星寮の連中と閃いたんすよ」

『極星寮』とは、現在創真が住んでいる寮で、そこでは、所属する人間が日々料理やその素材を作り、互いの力を高め合っています。

現在その極星寮に居候になっている、薙切 えりな(なきり えりな)は、こんな感想を持っていました。

「寮(ここ)の人たち…なんだか不思議だわ」

薙切えりなは、「神の舌」とまで呼ばれる味覚を持ち、遠月学園の学内評価第10位にある人物です。つまり、創真が所属する学園でその実力を評価されている人物。

創真の対戦中でかつ極星寮が強制立ち退きに来た相手に抵抗している最中に秘書に漏らしたこの感想は、以下のような経験が理由でした。


居候していたある日、一日前に自身の料理にダメ出しされた寮生が、リベンジだと改めて料理を作ってきました。ダメ出しされた部分を踏まえてレシピを変えてきたのか…そう考えたえりな。


が、実際に出された料理は、指摘と全然違うものでした。なんとそれは、「本来冷たい状態で提供される料理が温かく出されている」など、明らかに失敗で昨日よりも酷い出来だと思われた料理。

しかし、実際に食べてみると…

まだ改善の余地はあるものの、なんと互いの味がより高まっているのが感じられたのでした。
常識外れの状態の品なのにも関わらず、一定の成果が挙げられていることに驚くえりな。

また、違う場所で試しに作られている料理でも、えりなから見ると明らかにごちゃごちゃとし過ぎていて、失敗が目に見えている状態でした。
その部分を削るよう、えりなは提案しますが、彼女の話を全く聞かないメンバーたち(笑)
そこに酸味を加えることを思いついたメンバーたちは、

そこからさらに「トマトを加える」という発想に至ります。

今までその「神の舌」で数えきれない程の味見役をこなしてきたえりなの周りには、えりなの味覚を「絶対に正しい」として、逆らう者はいませんでした。

しかし極星寮では、メチャクチャな発想同士がぶつかり合う事で、思いもしない答えが生まれている…それが、えりなが「不思議」と感じた要因でした。


そんな経緯で出てきた、審査員や叡山をうならせる「トマトを加える」という発想。


自分たちが「正解」だと考える料理やレシピを、学園の生徒に押し付けようと考えていた中枢美食機関(セントラル)に所属する審査員と叡山に対して、創真はこう言います。

「中枢美食機関(セントラル)…でしたっけ? 叡山先輩たちの組織」
「アンタ達からしたら俺らなんて木っ端同然で、まともに相手する価値もないんだろーけど」

「この料理には寮での日々が乗っかってるんすよ」
「アンタ達が潰そうとした極星寮での、俺たち皆がぶつかりあった日々の重みが!」

勝負の八百長を買って出た審査員のひとりに、創真はさらにこう続けます。

「ねぇ、真ん中の人」

「料理の正解がひとつしかないっていうつまんない考え方、俺の料理で壊してやるよ」

「食ってみなよ。アンタの凝り固まった考えなんてふっとぶからさ」

そして言われるがままに、創真の料理を口にし、その美味しさを体験する審査員。

「捨てたもんじゃないでしょ? アンタら無価値だって決めつけた料理も!」

八百長とわかりきった、創真が負けるとわかりきった状況で始められたこの勝負。

結果は3対0で、創真の完全勝利でした。




…創真が勝利をおさめた結果、

「正解は決してひとつではないこと」
「メチャクチャな発想同士がぶつかり合う事で、思いもしない答えが生まれること」

がわかるお話だったんじゃないかな、と思います。

まあもちろん、実際には正解はひとつしかなく、発想をぶつけ合ってもただただメチャクチャになってしまうこともあるんでしょうが(笑)

しかし、実はこのやり方が現実社会で役に立つ考え方だということも、事実です。

「心理学を知らずに仕事と人生を語るな!」(和田秀樹 著、PHP研究所)に、そのことが書かれていますので、紹介したいと思います。
(以下上記書籍より引用)


では、どのようにしたら問題解決の答えを導き出せるようになるでしょうか。
まずは、学校のテストやクイズ番組のやり方を忘れてください。それらのやり方にとらわれていると、「正解」を考え出さなければいけないように思ってしまいがちです。世の中の多くの問題には、決まった「正解」はありません。

(中略)

問題解決の方法を考えるときには、「正解」を出そうとするのではなく、「仮説」だと思って考えてみましょう。「仮説」を考えていると思えば、「正解」にこだわらなくなります。間違っていてもかまわないのです。
現実社会では、「正解」だと思っていた案をやってみたら、実は「不正解」だったということはよくあります。「仮説」を考えて、実験して、検証してみれば、それが「正解」か「不正解」かがわかります。
(以上、上記書籍より引用)


漫画の例で言えば、えりなが一般的な考え方として「ごちゃごちゃしているから引き算をすること」を提案した際に、

「酸味を加えるって手はどうだ?」
「もしかしたらアレが使えるかも!」

と、一般的な方法にすぐに食いつかずに別の方法を試してみたことが、これにあたると思います。


実際の生活でも、

「普通のやり方は○○だ」
「みんなが○○というやり方でやっている」

といった考え方が「正解」だと考えて、何の違和感も疑問も持たずに行動してしまっているのが現実だと思います。


しかしそれは、ただ誰も他の方法をやっていないだけで、「正解」は他にも見つかるかもしれない。

今回の話を読むと、そう思って頂けるんじゃないでしょうか?


もしかしたら、こうなる原因は「失敗するのは無駄なコト」という考えも、どこかにあるかもしれませんね。

実際自分のことに当てはめて考えてみると、失敗した経験があるからこそ、「あ、これは絶対にダメだ」と、自信を持って判断できることも多いように思います。

特に、ちょっと自信のある分野に関しては、そんな気がします。

そう考えると、「正解はひとつだから」と相手のやり方を決定づけてしまうのは、「失敗する権利を取り上げる」ことにも繋がりますよね?


どうすれば良いか迷ったときのためや、子供や熟練度が低い人が自身の力で成長するためにも。

「正解はひとつではない」こと。

良ければぜひ、覚えてみてくださいね!



記事を最後までお読み頂き、ありがとうございました!!

(※ 掲載した画像は紹介作品からの引用で、著作権は作者および出版社にあります)

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