2014年10月29日水曜日

暗殺教室 × 人生は本人のもの、という考え方

今回は、週刊少年ジャンプ2014年48号掲載、暗殺教室 第113話「1周目の時間」のワンシーンで出てくる「人生は本人のもの」という考え方についてご紹介したいと思います。


「暗殺教室」の主要登場人物である潮田 渚(しおた なぎさ)が、自分が通う中学校にて行われる三者面談にて、自分が望む「E組(現在所属しているクラス)に残留すること」に対し、母親は「E組は落ちこぼれのクラスだから」という理由で断固反対している、という回のお話です。

「自分の息子を中学生という年齢で挫折させるわけにはいかない」という理由で、落ちこぼれとされるE組から渚が出られるように助力して欲しいと、渚の母親は担任に協力を願い出ます。

担任の殺せんせーは、E組から出ることについて渚と話し合いをしたのか? と聞きますが、

「この子はまだ何もわかってないんです。失敗を経験している親が道を造ってやるのは当然でしょう」というのが、母親の答えでした。

それに対し、自分が残留を希望していることを渚は言い出そうとしますが、それを笑顔で黙らせる母親。

目の前のそんなやり取りを見た殺せんせーは、

「お母さん。髪型も高校も大学も、親が決めるものじゃない。渚君本人が決めるものです」

「渚君の人生は渚君のものだ。貴女のコンプレックスを隠すための道具じゃない」

と母親の意見を一蹴し、彼女をキレさせてしまうのでした。




「渚君の人生は渚君のものだ」という考え方、つまり「人生は本人のものだから、本人に選択権があるのだ」という考え方。

その真逆とも言える「子供は親に比べて知識や経験が少ないのだから、子供のことは親が決めてあげないとダメだ」という考え方

この2つの考え方の衝突は、いろいろな漫画やドラマでもよく出てくるシーンで、つまりそれだけ身近な問題として、皆さんの認識にあると思います。


どちらが正しいか? という議論をするつもりはありませんが、アドラー心理学には同じような考え方で「課題の分離」というのがありますよ、ということを今回はご紹介したいと思います。

これは簡単にいうと、「本人の課題は全て本人のもので、それには誰も無理矢理干渉をしたり、土足で踏み込んだりしてはいけない」ということです。


普通に考えれば、母親の言っていることもわからないわけではありません。

恐らく母親本人も、また実際に同じようなことを言っている人たちも、真剣に、本気で「子供のことを思って」言っていることだろうと思います。


しかし、本人の意思を無視してしまっていることも、また事実です。

そういったことを続けていけば、自分自身では何も決められない、もしくは決める必要がないと考えるようになっていっても不思議ではありません。


では、こういうときはどうすれば良いのでしょうか?

いろいろな考え方があると思いますが、アドラー心理学では、子供のことを「子供だから」と子供扱いして考えるのではなく、同等の「一人の人間」として扱い、信頼して、「それは本人の課題だ」と、分けて考えることが勧められています。

また、「子供自身の問題だから何もしない」と完全に放任するのではなく、自分の意見は自分の意見として伝えてあげること(しかし無理な干渉や説得はしないこと)、またそのために子供のことを助力する準備はいつでもできていることを伝えることも大切だと言われています。

「それは子供の問題でしょ」「子供の人生は子供のものでしょ」と聞くと「じゃあ放っておけばいんですね?」的に捉える人もいると思いますが、あくまで助言として行い、一考してもらう程度に留めるのが良い、ということです。


今回の漫画の例で言えば、母親は渚の問題のことを「自分の問題」として捉えている節があります。

渚を「自分の理想を作り上げるため」に使っているような発言が、中に出てくるのです。

またアドラー心理学の本でよく出てくる例としては、「あなたが落ちこぼれるとまわりからの視線が痛い」とか、「落ちこぼれの息子を持って私は恥ずかしい」とか、結局「自分が損をするから」という理由を元に考えてしまうことが挙げられています。

子供の問題を自分の問題と捉えていることで、必要以上の干渉をし、結果的に子供が自分自身で決定する能力を育てる機会を摘んでいるどころか、子供が「自分の人生を歩めていない」と感じていることにすら、気づいていません。

渚がもしE組にいることで本当に落ちこぼれになるようなことがあっても、渚ならばそれをバネにして成長してくれるだろう、というような「信頼」からくる発想もありません。


しかしそもそも、良い学校に行ったからといって良い人生を歩めるという保証はどこにもありませんし、もし落ちこぼれたとしても、そこから這い上がってくる人はたくさんいます。

もし母親の言う通りに進み成長したうえでその手順が大きな誤りだと後でわかったとき、母親はその責任を取ることはできません。

その責任は、全て本人自身が取るしかないのです。

そこまで考えたうえで自分の子供を「一人の人間」として扱ったとき、「そこまで言うなら、子供の言う通りにさせてみよう」という考え方を持つのは、無理なことではない、と思います。


もしあなたが過干渉を感じ、身近な人とうまくいっていない場合は、相手が「課題の分離」という発想を持つことでうまくいくようになるかもしれません。

相手が心配してくれている気持ちに感謝を伝えたうえで、「それでも自分で決めたい」という意思表示をしてみるのは、無駄ではないと思います。

漫画の中でも、一向に言う事を聞いてくれない母親を持つ渚に対し、殺せんせーは「最も大事なのは、君自身が君の意志をはっきり言う事ですよ」とアドバイスしています。

「養ってもらっている」など、相手に対して負い目を感じていることはあるかもしれませんが、言葉にしてみないとわからないこともあるはずです。

相手にわかってもらえるように、じっくり時間をかけて話してみたりなど、方法はいくつかあると思います。


ただし、話し合ったにも関わらず相手がわかってくれなくても、「なんでわかってくれないの!?」と、怒ってはいけません。

何故か?

相手がその伝えた考え方を採用して行動するかどうかは、相手の課題だからです。これも「課題の分離」のひとつだというのは、ここまで読み進めてくださった方なら、理解できると思います。

そんなときにはどう考えれば良いか? については、またの機会にしたいと思いますが。


身近な人と対話するためのひとつの考え方「課題の分離」、ぜひ覚えてみてくださいね!



ここまで読んでくださって、ありがとうございました!

(※ 掲載した画像は紹介作品からの引用で、著作権は作者および出版社にあります)

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