2013年12月19日木曜日

それでも僕は君が好き 第1話「野ブタ」 (嫌われ者になったからって凹む必要なんてない?)

今回は、週刊少年マガジン2014年2・3合併号掲載、それでも僕は君が好き 第1話「野ブタ」を例に、嫌われ者になることを恐れないことで得られるメリットをご紹介したいと思います。

望む望まないに関わらず、人は生きていく上でさまざまな集団に属する必要があります。
そういった集団の中では、好かれる人も居れば嫌われる人も居ますが、嫌われることを好む人はあまりいません。

居心地が悪くなる、コミュニケーションを取りづらくなるなど、嫌われることでさまざまなデメリットがあって嫌われることを避ける人がほとんどだと思いますが、嫌われることで得られるメリットも実はあります。

嫌われることで、どういったメリットがあるのでしょうか?

それを知っておくことで、嫌われたときに必要以上に凹まなくなりますし、言うべきことを恐れず言えるようにもなります。


※※ ここからネタばれを含みます。ご注意ください ※※


まずは、それでも僕は君が好き 第1話「野ブタ」のあらすじから。

主人公の芹澤は、中学に通う学生です。

ある日の昼休み、彼はグラウンドでサッカーを楽しんだあと、友人達の提案で5限目の授業をサボる事になりました。

サボり場所として選んだ、人が使っているというのをあまり聞いたことがない図書室の裏でサボっていると、その図書室に誰かが来た気配がしました。

先生かと思って隠れながら図書室を見てみると、「野ブタ」とアダ名がついている、「図書室に入り浸っているぼっち」と一部で噂されている女子生徒でした。
そんな彼女に、芹澤はサッカーで負けた罰ゲームとして、アドレスを聞きにいくことになります。
 
 「この罰ゲーム…彼女のことをバカにしてるよなぁ…」
そう思いつつも、芹澤は言われるままに彼女に接触します。

本を取るのを手伝ったり、雑談をしたりしつつ、なんとかアドレスを聞こうとしながらも、結局会ってすぐなこともあってアドレスは聞けずその場は終わりますが、芹澤は雑談の中でオススメの本を聞いていました。
家に帰ってから何気なしにその本を読んでみた結果、とても面白く感じ、別の日に彼女に面白かったと感想を伝えに行って続きを借りて以降、芹澤は友人グループとの遊ぶ機会を減らし、時々図書室へ行くようになりました。

そんな芹澤を見てある日、グループの一人の清水が芹澤に「つまらない」と言い出します。

そして図書室で見た彼女と時々会って話をしていることを言い当てられます。
友人グループは偏見からか、以前と同じく彼女を小馬鹿にする言葉を発します。

それに対して「そういうさ、他人を見下してバカにしたようなのって、ちょっとないんじゃね?」と芹澤が発言したところから、友人グループと芹澤の関係の歯車が狂い始めます。

友人グループから取り残されそうに感じた芹澤は、なんとかグループに戻るために、芹澤を呼びとめようとする「野ブタ」を無視したり、そっけない対応を取ったりしますが、軋轢はうまく埋まりません。

そんなある日の体育の授業、体の接触があって倒れた芹澤に清水がこっそりかけた悪口をきっかけに、芹澤は暴力で対抗してしまいます。そして清水もやり返す結果になり、芹澤は保健室に運ばれました。

それを自分のせいじゃないかと感じた彼女に対しても、苛立ちから彼女を傷つける行動を取ってしまい、それ以降彼女とも元グループとも関わり合うことの無いまま、芹澤は中学を卒業します。
(以降のあらすじは一番下に記載しました。)



ここから、今回のブログのテーマに入ります。

芹澤は、彼女のことを馬鹿にする言動や行動はダメなことだと考えました。
実際の生活でも意外と多いのですが、ダメだと感じたことを指摘することは、意外に勇気のいることです。

心理学の実験でも、サクラであっても周りの意見に人が引っ張られるということは良く知られていますし、「周囲の空気が悪くなるかも」「自分から言い出せば率先して矢面に立たされるかも」と考えてしまい、デメリットが頭をよぎったりすることで、思っていても指摘はできないことだってあります。

そういった中でも我慢できずにしてしまい、集団で浮いてしまい、今までつるんでいた友人が居なくなるなど、デメリットを経験して凹んだという人もいると思います。

しかし、そういったときにはメリットに目が全く行かなくなっているだけで、実際には同じくらいメリットもありますので、まったく凹む必要はありません。


まず、集団から外れた人がリーダーに抜擢される例があります。
会社のような場所であれば、誰もが言いづらいこと、やりにくいことをしても、それが正しいことであれば、外れているため目立つことも多く、上司の目に留まって大切な役が割り振られることも考えられます。
特に実際に行動を起こしていることで嫌われ者になっているのであれば、その行動力は高く評価されるでしょう。

これは、過去にも実例はいくつもあります。特に閉塞的になっている集団では起こりやすいと思います。


次に、「時間」が目に見えて増えます。

居心地が悪かったり、特に楽しいと感じないにも関わらず行くことになる、付き合いや遊びに行かなくて済むようになるため、一人の時間が増えます。
子供であればその空いた時間をうまく使えず、寂しさだけを感じて苦痛になることもあると思いますが、それでも気になっていたゲームをしたり本を読んだりすることができますし、社会人であれば新たな知識や経験を積む時間に割り振ることができます。

「付き合いのためだけの時間」を「自分を磨く時間」に当てれば、間違いなく自分は進化できます。
その結果、逆に充実した時間や人生を送ることができるようになるかもしれません。


また意外に思われるかもしれませんが、親友ができることもあります。

自分の意見をきちんと把握して言うことで、自分の考えを周りに知ってもらうことができます。
その発言は「本音」ですので、もしその考えに賛同する人があらわれれば、仲良くなれることは十分に想像できると思います。

建前の友人、という言い方はあまりよくないかもしれませんが、自分の本音を隠して作る友人よりももっと仲の良い友人ができるかもしれません。


そういったことが重なっていき、ある程度の実力や経験がつけば、結果として親友や地位が、また地位や実力が付くことで収入アップすらついてくるかもしれないことは、想像できると思います。


ただし、嫌われ者になればそれらが必ず叶うというわけではありません。
大切なことは「自分が意味があると思うことをした結果」で嫌われ者になることを恐れない、ということです。


もし嫌われ者になってしまったなら、集団でいる人よりも存分にある自分の時間を使って、しっかりと自分磨きをしていくようにしましょう。


そうすれば、自分が間違っていた場合は二度とその経験をしないように気を付けられますし、自分が正しいと思える場合には、上記のような結果が自然とついてくると思います。


以上、嫌われ者になったからといって凹む必要がないことについてご紹介しました。

ちなみに中学を卒業して以降の芹澤は、部屋の片づけをしている最中に小説を手にし、「野ブタ」の影響で小説に一時期ハマっていたことを思い出します。
その片づけの最中に彼女から渡された、返す機会のなかった自作小説を見つけて、当時彼女との間に起こしてしまった後悔するようなことを、「人を傷つけた」という記憶を無かったことにはできないのだと知ります。

後悔はできるだけしたくないと思っていても、なかなか行動に移せないことはあると思います。
確かに嫌われ者でいることは大変でつらいことだとは思いますが、嫌われ者になることを恐れて後悔することもそれと同じかそれ以上につらい可能性だってあります。

嫌われることに変な恐怖感を覚えること無く、自分が納得できる選択をできるようにしたいですね!


そして第1話の終わりは、次週主人公が大人になってから、その「野ブタ」との再会じゃないかと匂わせる終わり方でした!

超楽しみ!……なんですが、こういうときに限って合併号っていうときの絶望感ってハンパないですよね(笑)


(※ 掲載した画像は紹介作品からの引用で、著作権は作者および出版社にあります)

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