2013年10月12日土曜日

國崎出雲の事情 第百六十六幕「出雲だけだからでしょう!!」(固定観念って?)

今回は週刊少年サンデー45号掲載の、國崎出雲の事情 第百六十六幕「出雲だけだからでしょう!!」を例に、「固定観念」についてご紹介したいと思います。

※※ ここからネタばれを含みます。ご注意ください。 ※※

まずはあらすじから。

歌舞伎の世界で女形として活躍する國崎出雲と羽唯屋玉緒が、とある狂言のオーディションで小道具を使い、鶴を演じます。本来の考え方では、いかに優雅に鶴を演じるかがポイントとなり、実際に審査役もそれを中心に見ていくのですが、出雲は鶴の成長や四季を織り交ぜて演じました。

そんな出雲に審査役が問います。
「鶴を表現するのに成長や四季まで盛り込んだのはなぜだ。」「こういう時、普通いかに優雅に見せてやろうとか思うものだろう。」と。

出雲の答えはこうでした。
「優雅に見えてんのはこっちの都合じゃん?」

その答えから、鶴=優雅と決めつけそこだけに目を向けていた事に、審査役が気付いてはっ、となります。


ここから今回のブログのテーマに入ります。

こういったときの表現として「固定観念に囚われていた」という表現を良く耳にすると思います。
が、実はこの使い方が間違いなのはご存知でしょうか。
(※ この間違った表現が「國崎出雲の事情」に出てきたわけではありません。)

僕も知って驚いたのですが、固定観念というのは辞書で調べると
「それが正しいと一度思い込んでしまって、変えることのできない考え」(新明解国語辞典第七版より)
と載っていました。
つまり、変えることが出来れば「固定観念」には当てはまらないそうなのです。
今回も審査役の人ははっ、となって気付き、今までの考えが変わっている様なので当てはまらない様に思います。

おそらく、「先入観に囚われる」が正しいと思います。
(先入観=当初からの思いこみ。 新明解国語辞典第七版より)

ちなみに、「固定概念」という言葉も良く使われますが、これも間違いでそもそも「固定概念」という言葉は無いようです。
実際、国語辞典にも載っていませんでした。


以上、固定観念に関しての情報でした。


今回のあらすじとしては上に書いた通りなんですが、この回に限らず、演じている人のどういう所が工夫されているか等も描かれていて、それだけでも十分参考になります。

また、今回は特に出雲の常識に囚われない発想も見られ、 國崎出雲の事情の醍醐味も楽しめる回だったと思います。

主人公が独自の視点で活躍し、世界を変えていく様な話が好きな方は是非読んでみて下さいね。

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